2008年10月26日さん喬・喬太郎親子会@東京・中野なかのZERO小ホール
「蔵出し」といえば、噺家が随分と演っていない演目を久々に高座にかけることをいうのか。
落語を聴き始めて15年そこそこの私もかつては、落語会に行くたびに、長文をブログに上げていた(ブログ名は「梅薫庵日記」)。今読み直すととても恥ずかしい内容で、自分のド下手な文章に酔い、いい気になっていた。
ただそれだけの熱量をもって書く力はもうないので、振り返れば若い自分(と言っても40代後半だが)羨ましくもある。一方で今はもっと肩の力を抜いて、落語やそのほかの話芸を楽しみたと思っているので、もうこんな文章を書くつもりはサラサラないと思っている。
そんなこと考えつつ、00年代後半、それこそ毎日のように落語会に行っていた時の「感想文」をいくつか拾い出して、アップしようと思う。
初めてにお断りしておくが、以下文中の芸人名、会場名、その他名称、香盤等は当時のままである。文章の内容についてはもちろん全て私に責任があることを明記しておく。どんな文章であれ、一度書いたらその書いた本人の責任である。素人だから初心者だから、ファンだからというのは許して下さいというのは、単なる言い訳に過ぎない。この考えはブログを書いていた十数年前も今も変わらない。
まずは、2008年10月26日になかのZERO小ホールで行われた「さん喬・喬太郎親子会」。(柳家喬之進さんは今の小傳次師匠)
さん喬師、喬太郎師、仲入り挟んで一席づつだったか、休憩前に対談があり、これが凄かった。
それは師匠と弟子の対談ならぬ、師匠の弟子に対する「公開小言」であった…。
2008年10月26日さん喬・喬太郎親子会
@東京・中野なかのZERO小ホール
柳家喬之進 家見舞
柳家喬太郎 すみれ荘201号室
対談 公開小言 さん喬×喬太郎
~中入り~
柳家さん喬 妾馬
■柳家喬之進 家見舞
二日前に開口一番を頼まれたという喬之進さん。なんでも喬太郎師が前座さんを手配するのを忘れていたそう。噺の方は普段は口演されることの少ない冒頭の弟分が兄貴のところに行って新築祝いに何が欲しいか訊きに行くところから始まる。噺の方は何カ所か噛んだり台詞の順番を間違えたりするところがあって、まだまだだなぁと思うところが多々あり。ただこの人の演じるキャラは職人でも商人でも侍でもどこか憎めないところがいい。それがこの噺にも現れていて好感が持てた。
■柳家喬太郎 すみれ荘201号室
袖から出てきて高座に上がるまで何故か照れ笑いをしている。何かあったのだろうか。すると開口一番「師匠が私の出囃子の太鼓を叩いてくれまして」と恐縮している。前座さんが手配できず、直前に喬之進さんが高座に上がったため、ちょっとした手違いでこんなことになったようだ。ご本人たちには飛んだハプニングなんだろうが、喬太郎師の顔はやっぱりどこかほころんでいる。
マクラはやっぱり長い。大幅に超過した持ち時間50分のうち20分以上は使っただろうか。しかし今回は、先日私が湯島で観たような破綻したマクラではなかった。それはすべて落語のこと、大学時代の落研のこと、バイトをしていた居酒屋で行われていた落語会のこと、そしてそこ出会ったさん喬師のことなど。落語への想いというもので一本筋が通っていた。そして本題の噺へ。喬太郎ファンならご存じのこの新作落語、自身が高座にかけるのは久しぶりのことらしい。が最近、というかここ数年、師のなかで積もり積もっていたものをこの噺で吐き出すこととなる。田舎に戻った由美子のお見合い相手、弘幸が二重人格となり「東京ホテトル音頭」「東京イメクラ音頭」をフルコーラスで唄った後一言、「俺もこのなぁ~溜まっているモンがあるんだよぉ」「なにそれ?」と由美子。すると弘幸は「SWA?源氏物語?忙しくて稽古できねぇんだよ!」「何で夏に双蝶々なんてやらなけりゃならないんだ?」「来年からは大きな仕事入れない!寄席と学校寄席だけにする!」「この前の湯島じゃあの『道灌』を50分!50分もやったんだよ!信じられる?」と叫ぶ。つまり今の喬太郎師の心情を吐露したのだ。しかし事情を知って知らずか客席の方はドカンドカンと受けまくる。客席が受けたからかどうかわからないが喬太郎師の顔からもスーと暗くて疲れたような顔付きは消えたように私には見えた。そして後半はご存じ落語パロ、自虐ネタのオンパレード。観客が大爆笑したのは確かだが、それと同時に師の胸の内にあったモヤモヤも吐き出したことだろう。そして感じられたのは、マクラと同様落語への想い。例え落研ネタの滑稽噺であっても、そこには一度落語にのめり込んだ人間の、あまりにも言い古された言葉であまり使いたくはないのだが、家元が言うところの業みたいなものが表現されていたように感じた。そして最近ではこんなに明るい喬太郎師の高座を観たことはなかった。高座を降りた後清々しい顔付きで袖へ下がっていく喬太郎師は観たことはなかった。いわば高座の上で観客の前で、そして師匠が楽屋で自分の高座を観ている中で、リハビリしたようなモノだろう。しかしこれは師一人で出来たものではなくおそらく師匠、さん喬師の大いなる助力があったに違いない。
■対談 公開小言 さん喬×喬太郎
喬太郎師の高座が終わると、再びさん喬師と登場。高座の上に二人並んで座って対談。喬太郎師はめちゃくちゃ緊張している。もしかしたらこの対談、間際になって決まったのかもしれない。そうでなければ、こうは緊張しないだろうというぐらい緊張していた。
それでなのか冒頭さん喬師が真打ちに成り立ての頃、落語協会の機関誌のために先代小さんと二人きりでインタビューしたことを話す。
「師匠と二人っきり、自宅の応接間で。あいだにテープレコーダーだけ。めちゃくちゃ緊張するわな。それに比べれば今日は全然いいだろう、目の前にお客さんがいるし。お互い受けを狙おうとするものな。」
さん喬師、優しすぎる。こんな風に喬太郎師の緊張を解くなんて。それから対談の前半の方は、差し障りのない一門のことをさん喬師がつらつらと。例えば川柳川柳師の「ジャズ息子」を川柳師自身から習ったことがあるとか。その中で面白かったのを一つだけ。
喬太郎師「師匠は新作もおやりになりますよね」
さん喬師「やったことあるな。圓丈師の『ぺたりこん』とか『稲葉さんの大冒険』とか。あと小原某*1の作品も」
喬太郎師「・・・・・・・(苦笑い)」
さん喬師「諜報員・・・、何だっけ?あれもやりたいな。諜報員サリー?サリュー?」
喬太郎師「諜報員左龍!?いいですねぇ、ほんとにあいつ、どっかの諜報員かもしれません。」
さん喬師「え?どこの?権太楼のところの?」
そのあとさん喬師が「古典は左龍にまかせた」と言って、喬太郎師をコケさせていた(笑)。
ところが、対談後半になって喬太郎師が自分の今の気持ちを一気に吐き出す。何がきっかけになったのか、わからない。きっとさん喬師の話の持っていきかた、引き出しかたがうまいのだろう。喬太郎師は自身が抱えているもの、不安を全て吐き出した。それに対してさん喬師は以下のことを諭すように語り出す。
「つぶれかけているのではなくて、おまえはもうつぶれているんだよ」
「つぶれかけている、とおまえがいうのはおまえの傲慢。」
「すべてゼロからやり直せばいいじゃないか」
「おまえが凄いと思う師匠の話がいまだに面白いのは、毎回新しい気持ちでやっているからだよ。」
「落語には完成型なんて無いんだよ。小さん師匠の落語だってあと何十年生きていたら変わっていたかもしれない」
そしてこういう話を付け加えた。
「毎日毎日同じハンバーグしか作ってあげられなくても、『昨日はあそこを変えた』『今日はここを変えた』と言って真摯に差し出せば相手はきっと食べてくれる。」
「よく言うだろう、『弟子は師匠を育てる』って。つまり必ず噺家を言うときに誰それの弟子というだろ?必ず師匠の名前が噺家の定冠詞として付くんだ。それは師匠にとってはとても名誉なことなんだよ。」
いかにもさん喬師らしい例え話。特に最後の弟子の話は常々師が喬太郎師に言っている「弟子をとれ」ということに通じるだろう。弟子をとることで自分も変わる、自分も弟子によって育てられる、と。ところが、これらの話を聞いているうちにまるで諭されているのが喬太郎師ではなくて、客席一人一人のような気がしてきた。二人は何度も「こんな話は楽屋ですればいいものを申し訳ありません。」と恐縮し、これをさん喬師は「これじゃまるで公開小言だ」と言ったのだが、とんでもない、確かに師匠と弟子という特別な関係の中でこそ生み出すことの出来る噺家のあり方、芸に対する姿勢の発言であるにもかかわず、人間としての生き方の一つの指針とも受け取れるような話だった。
■柳家さん喬 妾馬
中入り後、黒紋付きの着物で登場。先日の小三治師のドキュメンタリーで師が言っていた「自分を殺すため」の着物だ。噺の出来については文句はない。パーフェクト。そして一番印象的だったのは、終盤の八五郎のお世継ぎを生んだつるに対する台詞。
「おめでとう、でも驕るんじゃない、みんなに可愛がってもらうようにがんばるんだぞ」
それに引き続き八五郎が殿様とお屋敷の人たちに頭を下げる場面は、喬太郎師をこれからもよろしくお願いしますとと客席に向かって、まさにさん喬師があいさつしているのと同じように思えた。
今日の落語会、終演時間を大幅にこえる熱の入った会であった。落語の出来についてはさん喬師はもちろんのこと、最近不調だった喬太郎師もベストの出来だった。でも出来うんぬんするよりも、今日は喬太郎師個人の心のリハビリのためにさん喬師が仕切ってくれた落語会といってもおかしくないもの。喬太郎ファン、落語ファンは、これからひと皮もふた皮も剥けた喬太郎師を観ることを出来るだろう。
*1:喬太郎師の本名
会当日のポスター👇